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Harry Potter Wiki

ハリー・ポッター

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「誰も手を出さないでくれ。一騎打でなければならない。僕でなければならないんだ」
ヴォルデモート卿との最後の対決においてハリー・ポッター[出典]

ハリー・ジェームズ・ポッター1980年7月31日~)は半純血魔法使いで、ジェームズリリー・ポッター(旧姓エバンズ)のひとり息子。近年で最も有名な魔法使いのひとりである。ハリーはわずか1歳と3か月の時にヴォルデモート卿に命を狙われた。1980年の7月末に生まれた男の子が闇の帝王を倒すという予言を信じたヴォルデモートは、予言に当てはまるふたりの赤ん坊、ハリーとネビル・ロングボトムのうち前者を脅威とみなし、ポッター家を襲撃した。ヴォルデモートは息子を守ろうとするポッター夫妻を殺害したが、ハリーを殺そうとした際に呪文が逆流し自らの身を滅ぼすことになった。闇の帝王の失墜により第一次魔法戦争に終止符が打たれ、ハリーは魔法使いの間で「生き残った男の子」として知られるようになったが、リリーが自らを犠牲することで息子に与えた保護の力を継続させるには、ハリーを血縁者のもとで育てる必要があった。ハリーはマグルのおばペチュニア・ダーズリーの家で愛されることなく育ったが、少なくともアルバス・ダンブルドアの施した強力な呪文のおかげで、17歳になるまでの間ヴォルデモートの脅威から守られ続けた。1991年、ホグワーツ魔法魔術学校に入学した時点で、ハリーは死の呪文を免れた唯一の人物(当時)として既に有名になっていた。

ハリーは11歳の誕生日に鍵の番人ルビウス・ハグリッドから自分が魔法使いであることを教えられた。ホグワーツに入学し、グリフィンドール寮に配属されたハリーはロン・ウィーズリーハーマイオニー・グレンジャーの親友となり、1世紀以上の間で最年少のクィディッチ・シーカーとなった。彼はのちに寮のチームのキャプテンとなり、クィディッチ杯2冠を達成する。ホグワーツの生徒になって数年の間に、ハリーは賢者の石をヴォルデモートから守り、秘密の部屋でロンの妹ジニー・ウィーズリーを救うという功績を遺した。ホグワーツの4年生になったハリーは三大魔法学校対抗試合に優勝するが、この大会はセドリック・ディゴリーの死とヴォルデモートの復活という悲劇によって幕を閉じる。魔法省が闇の魔法使いの復活を認めようとしない中、ハリーは翌年度からダンブルドア軍団を導き、魔法省の戦いに身を投じることになった。彼はこの戦いで後見人のシリウス・ブラックを失う。

ハリーは第二次魔法戦争の戦いで大きな役割を果たし、ロンやハーマイオニーらと共にヴォルデモート卿のホークラックス破壊に乗り出した。ホグワーツの戦いのさなか、彼はセブルス・スネイプフレッド・ウィーズリーの死を目撃し、リーマス・ルーピンニンファドーラ・トンクスコリン・クリービーを含む多くの恩人や友人を失った。ヴォルデモートとの対決に臨んだハリーは、敵の魂の断片を破壊するため、自らの命を投げ出した。ハリーはリンボで死んだはずのアルバス・ダンブルドアと再会し、闇の帝王の過去にまつわる話を聞いた。生きるか、そのまま進むかの選択を迫られたハリーは、生きる道を選んだ。再び目を覚ました後、ハリーはヴォルデモートに究極的な破滅をもたらした。

また、ハリーはわずか17歳にして3つの死の秘宝を揃えており、知られている限りで唯一の死の征服者である。

戦争が終わった後、ハリーは闇祓いとなり、ジニー・ウィーズリーと結婚して3人の子どもをもうけた。長男ジェームズ・シリウスは父親とシリウス・ブラックから、二男アルバス・セブルスはアルバス・ダンブルドアとセブルス・スネイプから、長女リリー・ルーナは母親とルーナ・ラブグッドにちなんで名付けられた。また、ハリーはエドワード・リーマス・ルーピンの後見人となった。やがてハリーは26歳という記録的な年齢で闇祓い局の局長となり、しばしばホグワーツで闇の魔術に対する防衛術の教鞭をとった。

舞台裏

登場作品

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