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シビル・トレローニー

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「『占い学』にようこそ。あたくしがトレローニー教授です。たぶん、あたくしの姿を見たことがないでしょうね。学校の俗世の騒がしさの中にしばしば降りてまいりますと、あたくしの『心眼』が曇ってしまいますの」
―トレローニーの自己紹介[出典]

シビル・パトリシア[5]・トレローニー1962年以前[2]3月9日[1][3] 生まれ)とは、魔女ホグワーツ魔法魔術学校においてはフィレンツェと同じく占い学教授である。彼女は同じく予見者であった有名なカッサンドラ・トレローニーの玄孫にあたる。

アルバス・ダンブルドアとの就職面接の際、ヴォルデモートと彼を失墜させる力を持つ者(ヴォルデモートはこれがハリー・ポッターであると解釈した)についての予言をしたのはトレローニー自身である。1993~1994学年度の終わり、彼女はピーター・ペティグリューの逃亡とヴォルデモート卿の復活を正確に予言してみせた。2学年後、トレローニーはドローレス・アンブリッジに大いに悩まされ彼女に解雇されホグワーツ城から追い出されそうになったがダンブルドアの許可に学校に留まった。彼女はケンタウルスのフィレンツェと分担して教えることになった時には強い不快感を顕にした。そしてホグワーツの戦いに参加し、パドマ・パチルと共に負傷者や死者の面倒を見た。

トレローニー教授は2010年代も教え続け、生徒の死を予言し続けた[6]。フィレンツェが部族への帰参を許されたため[7]占い学をまたひとりで教えている可能性もある。

登場作品

脚注

  1. 1.0 1.1 1.2 1.3 1.4 1.5 ポッターモア」 - J・Kローリングからの新情報:シビル・トレローニー
  2. 2.0 2.1 トレローニーは1980年に雇われ、そのとき17歳以上だったことになる。そのため1973年までには入学していたことになり(最も遅く卒業していれば1980年の6月~7月)そのためには(年齢に達するため)1962年には生まれていたことになる。
  3. 3.0 3.1 ポッターモア・ツイッター
  4. 4.0 4.1 レゴ ハリー・ポッター 第1章-第4章
  5. 2004年3月、世界図書デーのチャット
  6. 2014年3月9日:ハッピー・バスーデー・トレローニー教授!
  7. 2007年7月30日、J・K・ローリングとのライヴ・チャット、Bloomsbury.com

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